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日本国 2008年10月3日

nihon

日本国 555m

新潟県村上市・山形県鶴岡市

鼠ヶ関(2万5千分図)

38°31′31″ 139°35′49″

「日本国」というなにやら曰くがありそうな山名に惹かれて小俣集落から登ってみました。山頂にはその山名の由来についての幾つかの説を記した看板がありましたが、山北町の観光協会の文面からその諸説を引用します。尚、山北町は村上市に編入されている。

『一説には、その昔、阿部比羅夫(あべのひらふ)の大和朝廷軍が東征の折、苦戦を重ねながらここまで進行し、この付近の頑強な蝦夷(えみし)勢力の平定に一応成功したことから、だれ言うとなく感慨をこめて、ここまでが「日本国」(日本国と蝦夷地との境)としたことが「日本国」の起源ではないかとも言われています。またの説には、飛鳥時代のころ、朝廷に追われた蜂子皇子(はちこのおうじ)が「上隠し小屋」(現在の日本国)に隠れ住んだと伝えられていることや、江戸時代、大代集落の太郎次という狩りの名人が堀切峠の頂上でみごとな鷹を生け捕り、これを庄内藩の酒井侯に献上したところ、この鷹を見た当時の将軍が「捕れた山は今後、日本国と名付けよ」とおおせられたなど……。数々の歴史とロマンを秘めた山が、「日本国」(標高555m)です。』

 国道7号が日本海に出た勝木から鶴岡方面に向うとすぐに府屋方面を指す道路標識が見えてくる。右折して府屋から小俣集落に入る。国道から約7キロ強で登山口の広い駐車場に着く。休憩所(宿泊も可能)やトイレ棟なども完備され、日本国を大事にしている様が分かる。

parking

 小俣登山口から山中に入ると、いきなりの杉林の中の急登となる。この急登も数分で終わり、ややトラバース気味に進むと「ラジュウム清水」の水場があります。登山口からすぐなので水の補給は必要ありませんが、ラジュウム入りかどうか分かりませんが「美味い」と感じました。「松ヶ峰」の先から登山道は穏やかになり、ブナ等を愛でながら歩けます。「沖見休憩所」では西方面が切り開かれ、日本海に浮かぶ粟島が展望出来、休憩にはもってこいです。道標もしっかりとしており、蛇逃峠手前で樹林越に左手に日本国が始めて見えるようになります。

pass

この峠から上の稜線が県境となり、緩く下ってから日本国へと登って行きます。広い山頂には避難小屋や木組みの展望台などがありますが、木々も多く、展望はそれほどよくありません。展望台に登れば、四方の山の同定が出来るようになっています。小俣集落は携帯の圏外でしたが、山頂では圏内でした。

 蛇逃峠から蔵王堂口へ下山です。急な下山道ですが、よく整備されています。『元和元年(1615)、大坂夏の陣に小俣集落の佐藤源左衛門が徳川方として徴集された折、吉野に詣で蔵王堂より身体を護し、これを背負って村に帰り祭ったと古書にあります。』という蔵王堂に着けば、すぐ下が登山口で車道に出ます。

omata

数分歩くと、出羽街道の小俣宿で、古き宿場の面影が色濃く残っています。松尾芭蕉もこの道を歩いたとのこと。宿場を散策しながらゆっくり歩いて行くと駐車場に戻ります。

 この後は笹川流れから瀬波温泉、さらに村上市で行われている「町屋の屏風まつり」を観光し、中条ICから高速に乗りました。

sasagawa

タイムテーブル:日本国小俣登山口P5:46→5:54ラジュウム清水→6:22松ヶ峰→6:35沖見休憩所→6:54蛇逃峠→7:07日本国7:36→7:45蛇逃峠→8:13蔵王堂→8:30登山口P

コースマップ:「日本国ルート図」をダウンロード 「この地図の作成に当っては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである。(承認番号 平16総使、第420号)」

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